ショックを受けたこと
原ひでみ
そもそも、日本を出発するときの意気込みが他人とは違った。まるで気が進まなかったのだ。「来たくて来たんでしょう
?」の問いには、まったく返答に窮してしまう。浪人してようやく大学生になれたはいいが、つまらない授業にイケテない男達、変化のない毎日に、相当嫌気が差していた。これじゃ人間が腐る、何かしなきゃ、そう思って目標に定めたのが留学だった。海外旅行が好きで、留学も何度か経験していた私にとって、アメリカ留学は何もたいそうなお話ではなかった。思い立ったら即行動。もう日本に帰って来なくてもいいや、くらいの気持ちでバリバリ準備していたのだ。
成績が良くなかったので実際は苦労することもあったが、総じて本人の思惑通りに進んでいった。日本のことも京大のことも忘れて、新しい自分に生まれ変わるんだ、もう何も未練がない、、、そう思っていた矢先のことである。
9割が男と言う異常な(恵まれた?)環境にいながら、一度たりとも心ときめく出会いがなかったこの私に、留学直前にして恋愛と言う罠がしかけられたのだ。出会って数ヶ月で国際遠恋。こんなロマンチックなことはないかもしれないが、当人にとっては本当につらかった。そんな後ろ向きな気持ちのせいか、アメリカに来てからというもの、楽しいことなど皆無に等しかった。キャンパスは広すぎて毎日のように迷子になっていたし、バスに乗って買いに行った食料はルームメイトに勝手に食べられるし、掃除すれども掃除すれどもキッチンは汚されるし、彼らは押し並べて自己中…今ももちろん抱えるこの問題、当初は大きなカルチャーショックだった。
他にも、自分が差別される悲しさやつらさを痛烈に覚えた記憶がある。これだけ移民が多く、アジア人も多い西海岸で、留学生である自分が差別を受けるなど、誰が想像しただろうか。具体例を挙げろと言われると思いつかず、なぜあれほどにショックを受けたか分からないほどに些細なことだったのだろうが、これは差別だと確信できる雰囲気を感じ取っていた。
半年も経つと、人間諦めがついてくるのか、順応し始めるのか、今はもう気にしていない。食べ物には名前を書き、散らかったキッチンも自分の使うところ以外は片付けないことにし、自分が快適でいられることを第一に考えることにしている。
しかしながら、もちろんココは外国であり、私がどんなに頑張っても外国人でしかいられないことが、よく分かった。広い大地に青い空、きれいな海にのんびりしたアメリカ人。それも事実だが、その裏には汚い現実もある。私はやっぱり日本で日本人をやっていようと、心に決めた。