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「人生バラエティーに富め」― 京大のゴールデンボーイ青谷助教授マラソン・インタビュー

日本人なら皆が憧れる京都。そこに住めると考えるだけでも夢の様ですが、実際に住んでみると、このパラダイスにも毒虫は居ると聞きます。京都の隣町である大阪で生まれ育った青谷さんは、同じ関西人であるが故の苦労もなさっている様です。自分は勿論、青春を過ごした京都の町が大好きで、だからこそ京大に戻って来たのだが、京都人が青谷をどう見ているかは、どうも定かでは無いと笑われる青谷さん。今回は、京都在住のよそ者、特に京都の大阪人というテーマを含め、京都の特殊性についてお話頂きました。

その4「永遠の旅人」

Dream:実は私が未だ札幌市庁に勤めていた頃の事なのですが、日本の十六大都市の代表が一堂に集まって会議を開いた事が有ります。その折り、関西の大学を出た友人に、京都の代表団と大阪の代表団は絶対隣席にせぬ様にと、釘を刺されたのです。小樽生まれ、札幌育ちの私は、その時地理的にはまるで小樽と札幌の様な京都と大阪が、それほど仲が悪いなんて、信じられませんでした。その辺はどうでしょうか。

青谷:自分は社会学者では有りませんから。(いきなりの厳しい質問に誤魔化し笑い)京都と大阪が違うというのは、紛れもない事実でしょうが、それと仲が好いとか悪いとかいうのは別問題だと思います。それに評判や噂と実際とは、全く別ですし。例えば落語のネタでは京都人は「いけず」という事になっていますが、自分自身はそれを直接経験した事は有りません。大阪は京都のすぐ近くに有り、言葉も同じ関西弁なのに、住人の気質は目立って違うので、そういう誤解が生まれるのではないでしょうか。

Dream:やはり大阪人と京都人は違いますか。

青谷:それは違います。例えば自分が公家の家柄だと言っても、誰も信じないでしょう。(笑)大阪人はどうしても気取るという事が出来ず、開放的である為、得てして「下品」であると思われがちです。実際大阪人は、自分も含め、どの町へ行っても「こいつら、なんでこない気取っとんねん」(笑)と感じる様です。その点、京都の住人には、大阪の住人には無い気品というか、ある種の自然な上品さが備わっていると思います。しかしそれが往々にして、冷たさと勘違いされてしまうのです。自分の見る限りでは、大阪人は京都の伝統と気品に憧れ、京都人は大阪人のエネルギーに感銘を受けるというのが、平均的な図の様です。ただ、隣同士である為、様々なイベントやプロジェクトの誘致等で競争になる事は有ります。しかしこれとて、商業なら大阪、伝統文化なら京都という様に、棲み分けがかなり明確に進んでいるので、両都市が本当にがっぷり四つに組むという事は、少ないと思います。

Dream:大阪も京都も大好きと言われるだけあって、なかなか青谷さんの口からは京都の悪口は出そうにありませんね。それでは喧嘩の話は諦めて、(笑)京都と大阪の違いについて話して下さい。伝統を重んじる京都では、三代くらいは住まないと京都人とは見なされないと聞いているのですが、これはどうですか。

青谷:実は学生時代には聞いた事が無かったので、どこまで本当か分からないのですが、そういう話が有るのは知っています。これも冗談かどうか良く分からないのですが、同じ様な話で、京都の人間と見なされる為には、「この前の戦争」から京都に住んでいないといけない、というのも有ります。普通の日本人なら、「この前の戦争」と言えば「第二次世界大戦」、時と場合によっては「ベトナム戦争」や「湾岸戦争」の事だと思うのですが、この話の落ちは、京都では「この前の戦争」と言うのは、「応仁の乱」の事だと言う物です。(笑)確かに自分も、応仁の乱の頃に今の京都の文化が確立し始めたと聞いた事は有ります。これを大阪と比較してみますと、大阪弁的な物を喋り、大阪を愛し、適度に金離れが良ければ、生まれ育ちは兎も角、それで立派に大阪人として通用するでしょうから、確かに大きな違いは有るかも知れません。昔の京都はそういう意味では閉鎖的で、祭りなどでも、その町内に長く住み着いている人間しか参加出来なかったりしたそうですが、最近では全くその様な事は有りません。例えば去年の夏も、あの有名な祇園祭の鉾に、KUINEPの留学生が何名も乗せて貰いました。自分はこの「三代くらいは住まないと」と言うのと、応仁の乱の話を、京都の伝統と文化の奥の深さを表した物と考えます。即ち、その地域に受け入れられるのが難しい訳ではないが、本当に地域に根ざした伝統と文化を理解するには、何代もかかるという事だと思います。何れにせよ、どの町にも排他的な人は居ますが、京都が実際以上に悪口のターゲットになっているのは確かです。自分などは住み始めて未だ一年ですから、もしそれが本当なら、この様に皆さんに受け入れて頂ける筈が有りません。

Dream:成る程、それでは青谷さんの場合には、仕事上も又文化的にも、完全に京都に「帰化」されたと考えて良いのですね。

青谷:仕事上は、地域の住民にもどんどん協力して頂いていますし、完全に京都市民になったと言って良いでしょうが、文化的な面、と言うよりは都人の風格が身に付いたかどうかという意味では、勿論失格です。(笑)

Dream:やっぱり。(笑)金髪・スケボーでは無理ですよね。(笑)典型的な京都人の、青谷さんに対する反応はどうですか。

青谷:自分は大阪人ですから、色々目立つ事をやるのが大好きで、様々な人達に顔を知って貰うのが、とても嬉しいのですが、ケバケバ街道まっしぐらというのは、勿論京都的なやり方では有りません。やっぱり大阪的発想は余りにも態とらしく、京都の人達には眉をひそめられる事も良く有ります。さすがはわび・さびの町と言ったところでしょうか、もう少しさりげないやり方の方が、彼等の好みに合う様です。大阪の人間が「顔を覚えて貰う」とか「顔が効く」とか言いますが、それと同じ位の頻度で京都の人達は「顔が刺す」という表現を使います。学生時代にこの好例として、「便利でええやんか」と家の近所でのアルバイトを薦めるのが大阪の親、「そんな、顔刺すからやめときいな」と家の近くでのアルバイトを許さないのが京都の親と聞いた事が有ります。しかしながら、京都は観光都市で、よそ者が町をうろうろする所ですから、自分がやらなくて良いのなら、他人が変わった事をしても一向に構わぬという風潮も有り、自分はその風潮を大いに利用させて貰っています。これは自分の勝手な理解かも知れませんが、京都の人達は、「俺達はあんな馬鹿なまねはしないぞ」と思いながらも、その反面では「面白い奴だ」という目で青谷を見ているのだと思います。アメリカ帰りである事や、数学者である事が、京都の人達に自分を受け入れ易くしているというのも、大きなポイントかも知れません。変わった人が京大に来たと、最初に広く報道されたので、みんな心の準備が出来ていたのではないでしょうか。(笑)それともう一つ大きいのが、京都に於ける京都大学の占める位置です。例えば東京大学は、勿論日本を代表する世界的な大学ですが、東京には他にも日本を代表する世界的な物が無数に有る為に、地域に於ける重要度が希釈されています。そういう訳で、相対的に言えば、政府機関や大きな企業の少ない京都での京都大学の地位の方が遙かに高いと言えるのではないでしょうか。勿論京都にも日本を代表する世界的な文化遺産等は無数に有りますが、大学とは毛色が違うので、競合する事はあまり有りません。そういう京都大学ですので、そこの教官がやる事は定義により正しいと判断されるところも有り、色々な面で少しぐらい京都らしくなくとも、大目に見てもらっている点は多分に有ると思います。日本中から学生や教官が集まって来る国立大学の性格上、又常に新しい物を追究して行くという学問の一般的性格上、京大のキャンパスは独自の文化圏であり、そこをねぐらとする青谷が可笑しいのは当たり前と諦められているのかも知れません。(笑)大学の教官というのは便利な物です。

Dream:先程地域との協力のお話が出ましたが、国立大学が地域の住民と協力して行くと言うのは、有りそうであってなかなか無い事なのではないでしょうか。

青谷:国民の税金で成り立っている国立大学なのですから、社会還元という意味も込めて、もっと地域との交流や協力が有って良いと思うのですが、実際はおっしゃる通り殆どそういう機会は設けられていないというのが現状です。自分は大学間の協力と地域との協力を、指導原理の一つとして掲げていますので、これまでも積極的に交流に努めて来ましたし、これからもこの姿勢を貫いて行くつもりです。とはいえ、自分が赴任するまで、京大の留学生センターと地域の住民や他の国際交流団体との交流は殆ど無かったので、最初はかなり戸惑われました。いきなり「京大の青谷です。協力しましょう」とやられても向こうも困るでしょうから、先ず色々な団体の主催するイベントへの参加から、事を始めました。その頃には、マスコミを通じて既に顔を覚えられていたので、主催者側も気が付く事が多く、「ああ、来て下さったのですか。京大の先生が顔を出される事など、殆ど無いのですが」と挨拶に見えられ、そこから会話を発展させて行きました。後は講義の要領で自分の見解等を展開させて頂き、概念的には勿論問題が全く無い訳ですから、大抵の場合、あっと言う間に大筋での合意に達してしまいました。有り難い事に、殆どの団体が他との交流を望んでおり、特に先程述べました様に、京都では絶大な影響力を誇る京都大学との交流や協力は大歓迎で、今のところ自分の思い通りに、しかもかなり速いペースで事が運んでいます。具体的には京都市国際交流協会や京都市商工会議所の国際交流部、更にはスタンフォード大学京都センターの様な、海外の大学や団体の京都支所などと協力する事が出来ました。京都市国際交流協会や京都市商工会議所は正に京都人の京都人による京都人の為の団体ですから、彼等と仲良くする事の意義は大きく、とても喜んでおります。

Dream:京都市民と直接お話しされたりする機会も多い、と伺っているのですが。

青谷:自分の記事を見て直接コンタクトを取って下さる方や、色々なイベントでお会いした方が、後程改めてお話に見えたりします。そう言う利点が有るので、記事を書かせて頂いたりした折りには、必ずemail addressを付け加える事にしております。

Dream:我々一般人から見ると、京大の助教授というのは、学窓の奥深くで日夜研究に没頭している人というイメージであり、神秘のベールに包まれた取り付きにくい人とのイメージなのですが。

青谷:それは確かにその通りです。73歳になる自分の母親などは、今でも帝国大学教官というのが頭から離れず、例えば京大の教官は特殊階級だと思っています。その割には、自分に対する態度は、幼稚園の頃から殆ど変わっていない様に思えますが。「まさやす、週に何遍もちゃんとパンツはき替えや」(笑)まあ、身内は兎も角、例えば会社員等と違って、大学教官というのはどこにでも居る訳では有りませんから、一般市民が見慣れていないとか、「扱い」慣れていないとかいう事はあるでしょう。そこでその敷居を少しでも低くする為に、こちらから積極的に接触の場を設ける様、心懸けています。様々なイベントに出かけて行ったり、新聞に連絡先入りの記事を書いたりするのも、その為です。普段から知人等に御願いしてあるので、交流イベントが有ると良く声を掛けて頂きます。この間も、留学生や日本人学生に下宿やアルバイト先の紹介をしている、内外学生センターさんが、家主と留学生の交流会なる物を開かれ、そこで短い講演をさせて頂きました。教官にも色々なタイプが有ると思いますが、親しみやすく「怖くない先生」を目指しています。

Dream:確かにお話をしていても「怖い先生」という感じは全く受けません。新時代の馴染み易い先生というのが、私の率直な印象です。それではその「怖くない先生」がなさっている市民との協力の具体例はどんな物でしょう。

青谷:一つのゴールを目指し、共に力を合わせて頑張るのが協力ですから、ここでもgive and takeの精神を大切にしています。我々の共通のゴールは国際交流の振興ですので、例えば留学生のホームステイを希望している家庭と学生さんの間で、ある種のmatch makingをしたり、