© 2000 Masayasu AOTANI

世紀末の京大

その九:そんなこと言うなよ!

「芸人に上手も下手も無かりけり、行く先々の水にあわねば」と言いますが、冗談にせよパーフォーマンスにせよ、相手にそれを受け入れる素地が無ければ効果は十分にあらわれません。日本人同士でも関西流のジョークが他地域では通じない事なども多いのですが、それに国際色が加わると、言語感覚の欠如、文化的背景の欠如、習慣や好みの違いと、内容が不可解になったり誤解が生じたりするのも必定。今回はそういうすれ違いと共に、関西とBay Areaの共通性についてもお話します。

言語感覚

僕が入学するずっと前の京大で、ある英国人講師が、"One day in early spring"というのを文の流れから、『まだ春浅きある日のこと』と訳され、生徒一同感心したそうですが、英語にせよ日本語にせよ、ここまで言語感覚の発達した人は例外です。

英語の授業でビデオを見せていると、例えばMonty Python流の“Peace broke out in the Middle East.”という、英語にある程度堪能でないと、まるで分からないジョークが出て来て往生しますし、日本の新聞を日系米人の皆さんと読んでいた時には、「直球を投げて炎暑のど真ん中」と、甲子園を単純明快に詠んだ俳句を説明するのに15分ほどやり取りが続いた事も有りました。

これに少しでも文化的要素が加わると、ど真ん中の直球どころか、外角いっぱいからまだ外へ流れ去るカーブ球の打ちにくさ。日米首脳会談で、日本側の出席者が「日本は米の国、アメリカは米国、親類同士の様なものですね」と言って、同時通訳者が絶句したなどは、その良い例です。

しかし、外交官まで行かなくとも、子供のレベルでもう大変というのがぼくのウルトラマン体験。

ウルトラマン体験

アメリカから来た少年合唱団の通訳をしていた時の事、余興に来られた若手のお笑いさんが、「ウルトラマンのぬいぐるみショーで、怪獣を退治した後見物席の子供達が『飛んで!飛んで!』と大合唱。困り切ったウルトラマン役はうなだれながら舞台裏に消えて行きましたとさ。」

テレビでは、最後に「シュワッ!」と空のかなたへ飛び去るのがお約束ですが、ウルトラマンを見て育たなかった人に、通訳の工夫だけで面白さを伝える事は、遂にできませんでした。

太平洋の両側で

京大には当然関西人が多く、「料理はあっさり冗談はこってり」と言われます。大阪出身の僕自身も「エンターテイナーの血」が騒ぐと、いわゆる「えげつない」ジョークの類はかなりいけます。しかし、San Franciscoは大阪市の、Berkeleyは大阪府堺市の姉妹都市だからという訳でもないのでしょうが、癖のあるジョークでは、Bay Areaもなかなかのもので、笑いの共通点を見つけるのが楽しみです。ぼく好みの馬鹿らしいものを挙げてみましょう。

UC Berkeleyでは、トレビの泉よろしく、男子トイレの便器に1セント硬貨を投げ込む変な流行。京大に帰ってみると、一円玉を投げ込む無法者の横行。

「行き詰まったらGolden Gate Bridgeが有るさ」(We always have the Golden Gate Bridge to fall back on and to fall from.)とGolden Gate Bridgeのsuicide prevention hot line(自殺したくなった人が掛ける電話)の横でわざと思い詰めた顔で写真を撮る、ブラックユーモアのUC Berkeley。清水の舞台から実際に飛び降りた人の数を数えて本まで出した人が居る京都。(因みに、観音信仰の江戸時代には年間1.6件、男女比は7対3、10代と20代が73%、生存率がなんと85.4%だそうです。)

MSRI(Mathematical Sciences Research Institute = 数理科学研究所)をミザリー = misery(苦難)と発音して喜ぶBerkeley。自らを狂徒大学、ついでに東大を頭狂大学、とこきおろして楽しむ京大。

とはいえ、アメリカン・ユーモアの普遍性はいま一歩。Bay Areaから関西に戻っても、軌道修正が全く不必要だったわけではありません。

エイプリルフール

日本では殆ど通用しないのがエイプリルフール。政府が率先してジョークを流すアメリカ文化に慣れきっていたぼくが、これを理解するにはまる二年かかりました。帰国一年目に「京大を辞めてSan Francisco Giantsのデータベース・スペシャリストになる」という嘘がクリーンヒット。二年目の「米国共産党結党の為、京大を辞める」という大ぼらが、なぜか又ヒット。立命館大学のアメリカ人の先生に、「日本人はそういう習慣が無いから信じるし、怒る人も沢山居る。日本にはそういう習慣は無いと思っているアメリカ人も、やっぱり信じる」と教えられて初めて分かったのでした。

連帯感?

“We can’t speak English because we are Americans.”(アメリカ人なんだから、英語はでたらめに決まっているさ)などと平気で言い放つのは、英語圏でもアメリカ人だけだそうです。

これと同じく、「あんたはほんまにアホやなあ」、「せやけどおれもこんなアホやで」、「お互いアホ同士でほんまにおもろいなー」という掛け合いは、関西人以外には必ずしも通じません。白昼繁華街で出会った同僚を「研究熱心やなー」とからかったところ、「みんな聞いてるのにそんな事言うなよ!」と一喝され、逃げ場を失ってとまどったことも有ります。地方から出て来たばかりで、筋書きが全く分かっていなかった彼。ここでの正しい筋書きは勿論「研究熱心やなー」、「そう言うお前も、この辺でしか会えへんで」、「ほんまや。おれら研究者の鏡やんけ」と連帯意識を高めるというものです。

まあそういう訳ですから、皆さんも関西人に「あんたはほんまにアホやなあ」と言われたら、すかさず「お互いさまやんか」とにこやかに応対して下さい。

アホな話で、失礼しました。


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