© 2000 Masayasu AOTANI
世紀末の京大
その七:どうする京都(上)
地元KBS京都放送の「どうする京都21」というテレビ番組に出ました。6月25日日曜日の午前0時から午前2時まで、司会者を含めた七名のパネリストと二十名の学生の皆さんが討論するという、大変なスパルタ番組で、総選挙当日の今回のテーマは、ズバリ「総選挙。だから行く!行かない!」(戦後民主主義と世相を斬る)でした。二年程前に一度ニュース番組で御世話になった事の有る方から急に電話が有り、「学生さんが話し易い様に、是非出て下さい」との事。内の学生さんを何名か出して下さるというおまけも有って、好奇心に逆らえず出る事になりました。
出演者
同志社大学教授で政治学者の新川達郎さん、京都在住の芥川賞作家高城修三さん、PHP研究所副社長で人生相談もやる江口克彦さん、京都の財界の顔で京都経済同友会事務局長の藤本圭司さん、卓抜した日本語力を持つ芦屋在住のカナダ人弁護士Wilfred Wakelyさん、「いちご白書をもう一度」で有名なタレントのばんばひろふみさん、京都大学助教授で秀才の青谷正妥と、肩書きと経歴だけは一流の人達ばかりなのですが(注:自分も平気で秀才で一流にしてしまうところが筆者の良いところ。因みに自分は秀才ですが天才ではありません。)、年齢は皆さん自分より遥かに上の団塊の世代。最年少の自分が46歳ですから、最初からこれはヤバイと思いました。京都放送が態々「学生さんが話し易い様に」金髪・スケボー教官を招いた訳です。協賛団体等の意向も有ったのかも知れませんが、なんという人選。しかも、理科系人間は自分だけです。「これは、めっちゃやりにくいぞ」と覚悟しての出陣となりました。
本番前
雨模様であった為スケボーは断念し、タクシーで御所の西側の蛤御門に程近い京都放送に着いたのが10時40分。もうかなりの数の学生さんが見えています。しかし5階の出演者控え室は空っぽ。あまりの退屈さに1階の学生さんの控え室を覗いてみると、見慣れた顔が自分のT-シャツ姿に呆れた様子。尤も、そういう格好で出ても良いかと打診済みだったのですが。11時過ぎに5階の控え室に戻ると、さすがに出演者が出揃っていました。散華で作った自分の新感覚名刺(自分のWeb siteで「幸運グッズ」として写真入りで紹介しています。)に皆さんびっくりなさった様で、京大文学部卒の高城さんは、「この頃は京大にもこんな人が」と感慨深げ。「御存じなかったのですか、普段は学窓の奥深くに身を潜めていますからねえ」とふざけてみましたが、「そうですか」と芥川賞作家にしては文学の香りゼロの応対でちょっとがっかりしました。
テレビですから、一丁前にメークアップをするのですが、50代のおじさん達の顔には念入りに化学物質を塗りたくったメークさんも、自分の顔はどう仕様も無いと思ったのか、bottled waterをスプレーし軽く頬と目の周辺をはたいてお仕舞い。ヘアスプレーで固めてある毛先を触って「随分痛んでいますね。かさかさですよ」と言うので、プロの癖にヘアスプレーと痛んだ髪の違いも分からないのかなと不思議でした。50がらみのおばさんなのに、見事な金髪なのでそれを褒めると、「あら、究極の白髪隠しなんですよ」と愉快な会話が弾みました。昔から年上にはよくもてたものです。本人は実は女子高生のファンなのですが。(まあ、それはそれとして。)
リハーサル
出演者は11時までに来て下さいと言われていたので、きっと入念なrehearsalが有るのだろうと思っていたら、プロデューサーの簡単な説明と雑談が有っただけの1時間。「おい、おい」と思っていたら、放送開始6分前になって、「頭のところだけリハーサルです」と言われ、スタジオへ直行しました。
スタジオに入ってみると、パネリストと大学生の皆さんの席の配置がいかにも不自然。パネリストの7名が馬蹄形の机に向き合って座り、学生さん達はパネリストの背中を直視する様な場所に作られた雛壇に座っています。我々は体を捩らなければ学生さん達の顔を見る事が出来ません。もう遅いとは思いながら、「これでは御話しがしにくいのでは」と言ってみると、「あくまでもパネルの方々のディスカッションが中心ですから」とそっけない返事。折角賢い京大生を引き連れて来てやったのに、と大いに不満でしたが、後の祭です。
結局、パネリストの名前と所属の紹介をしたところで所要時間3分のリハーサルは終了。それでも、自分の所属の留学生センターを留学センターと間違えていたので、リハーサルの価値は一応有りました。
本番:その壱
パネリストの紹介のところで、あまり糞真面目な政治論を展開しても学生さんはついて来ないだろうというので、「今日は恐ろしい事に、46歳にもなった僕が最年少です。そういう訳で、最年少らしく又理系人間らしく軽薄発言を繰り返して、皆さんの集中砲火を浴びに来ました」とやりました。ところがパネルの皆さんは表情一つ変えずに座っています。早速「これはちょっと様子が違うぞ」と悪い予感がしました。
予感は的中。こっちは学生さんも議論に加わり易い様に、具体的な話をしたいのに、イデオロギー論や抽象論が殆ど、というよりは全然下調べをしていなかったので具体的な話は出来なかった、という様に自分には取れました。自分と新川先生は、職業柄学生さんが興味を持つような話や彼等がついて来られる様な話題を本能的に選ぼうとするのですが、他のパネリストはそんな事にはお構いなし。折角就職難等身近な話題を出そうとしても、団塊の世代の結束は固く、すぐに潰されて東大安田講堂の話になってしまいます。学園紛争など自分が中学の頃の話ですから、今の学生さんにアピールする訳が有りません。「安田講堂なんて、今の若者達は日本史で習うんですよ。そんな化石みたいな話止めましょうよ」と怒鳴りたい衝動を抑えかねていると、局側も同じ思いであったらしく、アシスタントディレクターがカメラの死角になった自分の後ろに立って「先生もどうぞ」、とけしかけながら一枚の紙を見せます。なんとそこに書いてあったのは……………(つづく)
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