© 1999 Masayasu AOTANI
世紀末の京大
その四:数学者が消える日
読売新聞の記者が、「学力異変」というコラムの担当になったと焦ってやって来ました。「貴女はまだ
27歳、学級崩壊や学力低下を自ら体験した世代なのだから、自分の学力の無さについて書いたらどうですか」と呆けてやろうかと思いましたが、本人は冗談どころでは無さそうな切羽詰まった顔をしています。「基礎学力の無い今の記者に、記事を書かせようなんて、デスクもどうかしている」という悪いジョークも思い浮かんだのですが、これもぐっとのみ込んで話を聞いてみると、「今日は工学部の先生、明日は理学部の先生、立命館大学、龍谷大学、京都教育大学にも御話を伺いに行きます」と随分大掛かりなプロジェクトの様です。二つの側面
「分数ができない大学生」の編者の西村和雄先生が京大にいらっしゃる事も有って、特に基礎学力の低下については、常日頃から思うところが多く有りました。そこで、
Quantitative Management Science(計量経営学)の講義で、自然対数の底のeを知らない学生さんを発見したという、shockingな事件も思い出し、真剣にこの問題について考えてみました。基本的には学力異変には、基礎力の欠如と「気質」の変化という二つの側面が有るそうです。きそ
理科系科目を通じて学生さんと接していて、何よりも基礎力の欠如、と言うよりは基礎知識の欠如、が痛切に感じられます。最近生物学を知らない医学部の学生さんが沢山居る事が問題になりました。レベルの差こそ有れ、アメリカでは基礎学力の無い生徒に高校を卒業させない様にとの動きが盛んになって来ている昨今、一昔前には基礎教育の手本とされた文部省を頂点とした日本の教育システムが崩壊の一途を辿っているのは本当に皮肉な事です。
基礎の無さが特に目立つ純粋科学の分野では、教官達の危機感も強く、例えば理学部では教授
8名が27歳の新聞記者を待ち構えていたそうです。数学の教授の一人は、近い将来日本から数学者は一人も居なくなると嘆いて居られたと言います。自分も人伝で以下の様な御話を聞いた事が有ります。アメリカ物理学会の年会で顔を合わせた京大理学部物理学科の
K先生と東大理学部物理学科のT先生の会話:K
(恐る恐る)「京大生は極端に物理が出来なくなっていますが、風が東へ東へと吹いているので、偉い学生は全部東大に行くのでしょうかね。」T
(安心した様に)「そうですか、京大もですか。最近の東大生は余りにも出来が悪いので、偉い人は全部湯川博士の京都大学に行ったと思っていましたよ。」まさか偉い人が東大も京大も避けて阪大に集中している訳は無いので、お互い相手に良く出来る学生を取られているのではないとひとまず安心した二人でしたが、「と言う事は、日本の何処を探しても昔の様に良く出来る学生は居ないという事ですか…
.」と日本の物理学の将来を考えて背筋が寒くなったそうです。この様に、日本の有名大学の先生が、態々アメリカに行ってまで学生さんの能力の話をする程、学力の低下は大きな問題になって来ており、教官の危機感も日増しに高まっています。週休二日制も含め、色々事情は有るのでしょうが、小中高の指導要領の希釈化は大きな問題です。更に最近の私学等の入試形態にも大きな欠陥が有ります。一芸入試は意味が違うとしても、一科目だけの試験で入学させる私学が続出しており、広い教養を身に付ける様な高校での学習態度は、不必要どころか有害でさえあると考えられている様です。自分が受験した
1970年代には、三教科偏向人間という言葉が有り、私学は三教科受験が主流でした。その当時の私学ですら、文系か理系のスペシャリストの集団で、人間が狭い等と批判されていたのですから、一科目受験はどの様な偏向人間を作り出すのでしょうか。現代学生気質
さて話を京大に戻しましょう。所謂学生の「気質」が変わってしまったという点について、自分の周りの先生方の一致した意見は、目先の事にとらわれ、所謂教養と呼べる様な基礎的素養を身に付けようとする学生さんの数が減ったという事の様です。冒頭の記者の調査でも、コンピューターの使い方、資格試験の勉強、英会話の練習、就職活動等に時間を取られ、とても幅広い教養を身に付ける余裕など無いという現代の大学生像が浮かび上がりました。文部省が推進する小中高でのゆとりの教育ですが、大学レベルでの幅広い学習のゆとりや機会はどうなっているのかと非常に気掛かりです。
くさび形文字
古代の遺跡から出てきた壷の楔形文字を解読すると「今の若い者はなっていない」と書いてあったそうで、年寄りが若者を批判するのは神代の昔からの社会現象なのかも知れませんが、若者の「気質」云々は兎も角、基礎学力の低下は、考え方や見方の違いといった問題に至る以前のもっと根本的な問題であり、早急に対策を練らねばなりません。
件の記者の取材で明らかになった事の一つに、学生の皆さんの自覚の無さが有り、これについてどうすれば良いのか、つまりどの様に彼等を説得すれば良いのかという質問を受けました。非常に良い質問なのですが、なかなかの難問です。自分の試みの一つを以下に示しますので、皆さんも考えてみて下さい。
説得
今日の情報化社会に於いては、情報量の増大と多様化が急速に進んでおり、グローバルネットワークによる複合的情報提供の傾向は、
21世紀に向けて益々顕著になると考えられる。即ち、限られた専門分野の情報だけを理解し処理していれば良い時代は終わったのである。更に、科学技術及び通信手段の発達による、社会情勢も含めた「変化」の高速化は過去に類を見ない物である。多様な情報を理解し、時々刻々変化する人間社会の要求に確実に応えて行くには、小手先の技術や、特化された能力のみでは不十分であり、しっかりとした基礎能力と幅広い知識・教養が有って始めてそれが可能になる。その意味で
21世紀に於いては、これまでにも増して基礎のしっかりとした、守備範囲の広いgeneralistが求められると思う。その様な折に、日本の教育が基礎学力の面で希釈化の一途を辿っているのは、非常に不安である。
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