© 1999 Masayasu AOTANI
素晴らしい事が一つ有る
−僕のクリスマス・ストーリー−
「バックグラウンド」的説明
アメリカでは、クリスマス商戦もさる事乍ら、やはりクリスマスと言えば日本より遥かに宗教的意義が大きく、その頃になるとテレビ・ラジオ等でも人間ドラマとでも呼ぶべき物が多数放送されます。
ScroogeやIt's a wonderful lifeがその典型ですが、道徳的・倫理的・人間的教訓等を含んだ心温まる話というのが定番です。実は、個人的な経験ですが、自分にはこの心温まる話が有るのです。「クリスマス・ストーリー」
プリンストン大学の大学院在学中に個人的な事情で金が必要になり、一旦休学して働く事を余儀なくされた自分は、マンハッタンとその川向こうの
New Jersey州Fort Leeで仕事をしていました。兎に角早く大学院に戻って学位を終わらせねばという焦りが大きく、頭が錆付かぬ様ニューヨーク市立大学で仕事の合間に講義を取ったりもしており、肉体的にも精神的にも非常に厳しい時期でした。これはその頃の御話です。貧しかった自分は、安くて美味しい上に、野菜好きにはもってこいという訳で、毎日の様に中華料理を食べていましたが、ある日仕事の途中で偶々入った
West 88丁目に有った「金門=ゴールデンゲート」という店がすっかり気に入り、毎夜通う様になりました。上海からの移民の経営する店で、
7時以後に行くと、何時もEileen(アイリーン)という明るいはっとするくらい綺麗な娘さんがテキパキと店を手伝って居ました。常連という事で程なくEileenと言葉を交わす様になり、彼女もニューヨーク市立大学に通っていると分った事も有って、急速に親しくなって行きました。自分が現れると彼女は仕事そっちのけで同じテーブルで話し込む様になり、食事を一緒に取る事もよく有りました。彼女は未だ英語が完全ではなかったので、御飯の上に漢字を書いて筆談をして、よく二人で笑い転げたものです。ただ単に美人というだけでなく、とても明るく優しい御嬢さんで、話せば話す程その魅力に惹きつけられて行きました。出張等で暫く行けない事が有ったりすると、顔を見るなり「どうしたの。病気じゃなかったの。皆で心配してたのよ。出張だったらどうして言ってくれなかったの」と矢継ぎ早の質問です。これでその女に惚れなかったら嘘でしょう。
全く偶然の出会いからささやかなディナーデートを重ねて二年、
1986年12月23日、卒業を控えた彼女に結婚を申し込もうと一大決心をした自分は、何時もの様に夕食を済ませた後、テレビや映画で見ていた様に、彼女の目を真剣に見つめながらはっきりと“Would you marry me?”と言いました。我ながら旨く言えたと思ったのですが、意に反して彼女は俯いて黙っています。勿論すぐにやばいと気が付きました。やがて漸く顔を上げた彼女は「ごめんなさい。卒業したらフロリダに行くの。フィアンセがそこで待っているの」と小さな声で言います。両目は涙でいっぱいです。「貴方はわたしのとても大事な御友達です。ここが上海か日本だったらきっと貴方を選んでいたわ。アメリカだから彼になってしまったのよ」と変な理屈ですが、自分が気を悪くしない様にと精一杯努力してくれているのは良く分ります。ここまで言い終わる頃には、彼女の両目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていました。「まあ仕方が無い、こんないい子は俺にはもったいないもの」と潔く諦めて店を出た自分の背中に彼女の声。「実はクリスマスのすぐ後で暫くフロリダに行くの。25日はお休みだから。明日が最後よ。絶対に来てね。御願いよ。来てね。絶対来てね。」果たしてあれは一種の外交辞令だったのか、それとも本当に自分に来て貰いたがっていたのか、次の日一日迷いに迷ってやっと金門に着いたのが普段より
15分遅れの午後7時15分。自分が戸口に立つなり、破顔一笑、「やっぱり来てくれたのね。やっぱり来てくれたのね。絶対来てくれると思っていたわ」と、まるで飼い主を見付けた子犬の様に駆け寄って来た彼女を見て、本当に来て良かったと思いました。結婚は出来ないけれど、単なる客としてではなく、本当に友達として自分を見ていてくれたのが非常に嬉しく、こちらも彼女に負けないくらいニコニコしてしまいました。
文字通り最後の晩餐かなと思いながら、それでも彼女との会話は弾み、思わぬ長居の
1時間15分。名残惜しいけれど、もう8時30分。そろそろ帰りますと席を立ち、勘定を払おうとする自分に彼女のお父さんが「今夜はもういいですよ」と手を振ります。娘さんの気持ちは兎も角、これでもう来てくれるなという意味だと直ぐに分りました。そのすぐ横で、悲しそうな顔で立っている彼女に態と微笑みかけ、“See you”と元気良く店を出ました。10メートル程歩いたところで、我慢出来なくなって振返ると、彼女が珍しくお父さんと言い争っているのが見えました。「Eileen、もう良いんだよ。お父さんは、間違ってはいないよ」と道を急ぐ自分に「ちょっと待って」と追いすがる声。振り向くと彼女が息を弾ませながらそこに立って居ます。暗くて良く分らないけれど、泣きそうになっている様に見えます。“
There is one thing I really wanted to tell you,”「どうしても聞いて貰いたい事が有るの」とやはり涙声の彼女。“I know you had to quit graduate school to work. I know you are very busy and tired because of your job and the schoolwork. You might have been thinking your life was not looking that great. And, now I am leaving.”「仕事の為に大学院を止めたのも、仕事と勉強で大変なのも良く分っているわ。だから人生はあまり旨く行っていないと思っていたのでしょう。その上今度はわたしが居なくなるし、」“Aren't you by any chance thinking there is nothing good in your life now?”「人生良い事は何も無いなんて思ってるんじゃないの。」言い当てられて何も言えない自分に“I thought so. But, that is completely wrong,”「やっぱり……。でもそれは大きな間違いよ。」“Do you know what? It is very easy to work hard when things are going your way and you are hot and rolling. But, look at you. You are working so hard when nothing seems to be working. To try your best and to keep working as hard as you are when absolutely nothing is going your way, now that makes me admire you so much. Please don't think there is nothing good in your life. Your courageous effort under an extremely difficult circumstance is, in itself, a truly great achievement no one can take away from you.”「万事が旨く行っている時に、波に乗って突き進むのは簡単だけど。何も旨く行っていない時にそれだけ努力を続けられる貴方は本当に偉いわ。良い事は何も無いなんて言っちゃ駄目よ。だって、何一つとして旨く行っていないのに、それなのにこんなに頑張っているという本当に素晴らしい事が一つ有るじゃないの。」両目からポロポロ涙をこぼしながら彼女の言ったこの言葉を、今でも座右の銘の様に大切にしています。人使いの荒い京都大学で、朝7時半から夜
12時まで働かされても、土日も駆り出されても、そしてその割には仕事が捗らなくても、頑張り続けられるのは、この一言の御陰です。「素晴らしい事が一つ有る。」恋愛感情抜きの友情が、男と女の間で可能かというのが、よく話題になります。恋愛感情の有無についてはよく分りませんが、男と女の間に真の友情が芽生え得るのは間違い有りません。自分のこの経験が何よりの証拠です。
因みに「あの人を選んだのはここがアメリカだから。日本ならきっと貴方よ」の
parodyはしょっちゅう使っています。この間も奈良県出身の京大の某大学院生に「ここが大阪やったら、おまえは絶対俺に惚れてる。そうなれへんのはここが奈良やからや」と気取って言ったところ、見事に切り返され泥まみれで土俵に転がってしまいました。彼女がどう切り返したかって?それは次回のお楽しみ。