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「年寄りにしかでけへん若いもんの英語力向上」
京都大学留学生センター助教授 青谷正妥
昨秋日本留学フェアで訪中。上海でのレセプションの際の出来事。
文部省の留学生課の研修生二名に出会った。流石に本庁の人間は違うであろうとの当然の期待のもと、「京大の留学生課の職員の英語力はゼロだが、尚悪いのは努力をする姿勢すら無い事だ」と自分。ところが意に反して年上の方が「ドキッ、ドキッ」とふざけてみせる。それを見て年下の方も安心した様に「いやーっ」とニコニコ。
ここに日本の若者の英語力養成における最大の問題点が有る。あの様に平気でふざけて居られるその裏には、日本社会では英語が出来ないのが
normである事、出来ない上にやる気も無い上司が怠慢な若者を咎められない事がある。京都大学でも事情は全く同じ。発言権の最も大きい高齢の教授達は、口では英語力の必要性を一応唱えても、自分達自身が出来ないと言う後ろめたさの為か、完全に腰が引けていて迫力がまるで無い。しかしながら、年寄りに外国語の習得が無理だと言うのは、大脳生理学的に証明済みの確立された事実であろう。年寄りは、自分の能力の無さを完全に棚に上げ、自信を持って「古い日本の外国語教育の犠牲になった私にはもう出来ないが、若い者は絶対にやらねばならぬ」と声高に言い放ってよいのである。但し、自身も英語上達の努力はしていなければ説得力は無い。例え下手でも、積極的に英語を使う姿勢を若者に示す必要が有る。
「赤信号みんなで渡れば怖くない」が流行った事がある。しかし、一人だけならまだしも、「皆がこうだから俺だってこれで良い筈だ」と集団で信号無視をしているところに、本当に車が突っ込んだらどうするのだろう、と自分は逆に思う。英語力の無さも然り。一人だけの例外なら兎も角、全員が出来ないなど論外であり、危険極まりない。
外国人研究者達は、「日本はとても良い所だが、あまりにも生活が安定して刺激が少な過ぎ、何時の間にか半冬眠状態に陥ってしまう」と言う。第二次世界大戦から
55年、ここらで再び、鈍らも妥協も認めない辛口の日本を目指しては如何だろうか。21世紀に向けて、国際性の高い「許さない日本」を。年寄りは死に、若者は老いる。明日では遅い。号令一下若者の英語事情を一変出来る干からびた年寄り。その干物パワーに大いに期待したい。
(これが関西とどう関係あんねんと思てはる皆さん、「俺はでけへんけど、お前らはやったらんかい」やなんて平気で言えるのんは関西人(大阪人かな?)だけでっせ。)
(あおたにまさやす)
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