学生が変わる、企業が変わる − 海外体験と現代学生気質

青谷正妥(京都大学留学生センター助教授)

聞き手 小浜政子(政策科学研究所主席研究員)

 

留学生とKUINEPプログラム

 −−先生は京都大学理学部大学院在学中に渡米、いくつかの大学院で学ばれ、カリフォルニア大学バークレー校で数学博士号を取得、また、二十年の在米中には十五の大学・短大等で教鞭を取り、二年前に京都大学の留学生センターに赴任されたということですが、まず、留学生センターも含め、どういう授業、プログラムを担当しておられるのか、ご説明いただけますか。

 青谷 日本の大学の慣例として、雇用契約の第一に挙げられているのが専門の研究です。私の場合、数学という専門がまずあって、それから院生、学部生、留学生の指導を担当ということになりますが、ただし指導と言っても、これはあくまで専門分野における指導です。

 留学生センター勤務であるのに奇妙だと思われるかも知れませんが、その次にはじめて留学生の世話という項目がきます。とくに私の場合は、KUINEP(京都大学国際教育プログラム)の留学生の世話ですが、ただし、世話といっても英語の講義です。これはもちろん理系科目の講義で、今学期担当したのは現代物理ですが、統計や計量経営学も以前教えました。

 ですから、二つに大きくわけると、数学及び理系分野での教育研究と、留学生の一般的世話ですね。ただし、留学生の世話という中でも、英語で理系科目を講義するというのが、いちばん大きな部分ということになります。

 −−KUINEPは京都大学創立百周年を記念して一九九七年に設けられたプログラムと聞いていますが、概略をご説明ください。

 青谷 KUINEPは京大と学生交流協定を結んでいる世界各地の大学の学部学生を一年間短期留学生として迎え入れるというのがその趣旨ですが、二本の柱があります。一つは講義を全て英語で行うことから分かるように、非漢字圏の学生など日本語のできない人たちでも交換留学生として京大に来られることを可能にするという目的です。もう一つは、このようなプログラムを全学が協力して運営することによって、京都大学全体の国際化を推進することです。

 −−例えば、今年はどこの国の留学生がKUINEPに参加していますか。

 青谷 アメリカ、カナダ、韓国、ニュージーランド、オーストラリア、スウェーデン、ベルギー、オランダ、ドイツ、スイス、フランスです。来年からはシンガポールなども加わる予定です。

 −−日本の留学生はアジアからが中心なので、もっと欧米から来てもらおうというのがKUINEP設立理由の一つということですが。

青谷 八〇年代の半ば、中曽根政権の頃にアメリカ副大統領のモンデールが、留学生数における日米貿易不均衡を指摘し、アメリカの学生をもっと受け入れるよう要請したのが、事の始まりだと聞いています。ですから最初はアメリカだけがターゲットだったらしいのですが、もちろん世界中から学生を集めるという今の形態の方が健全でしょう。アジアの学生も排斥している訳ではありませんが、既に京大の留学生全体の七〇から八〇%がアジアからの学生ですので、バランスを取るという意味で、KUINEPでは欧米からの受け入れを増やす努力を続けています。

 −−当誌「二十一世紀フォーラム」二十一号(一九八六年八月発行)には「日本における大学の国際化」と題した座談会が掲載されていますが、当時日本の留学生受け入れ状況の貧しさを非常に憂えておられたのが、その座談会チェアマンの故大来佐武郎先生でした。中曽根総理の要請を受けてできた「二十一世紀へ向けての留学生対策懇談会」が「二〇〇〇年までに一〇万人の留学生を」という提言を出したのが一九八三年ですが、現在の日本の大学、大学院で学ぶ留学生数はアジア諸国を中心に約五万六千人で、計画のようやく半分達成というところです。

 その座談会の中でも、日本に留学生を受け入れる場合の言葉の問題が議論されていますが、KUINEPプログラムでは使用言語はすべて英語ということですね。受講者には日本人の学生もいるのでしょうか。

 青谷 全学共通科目になっていますから、一般の日本人学生も取れるようになっています。全学共通科目というのは、かつてのいわゆる教養科目の拡大版で、全学共通という名の通り、特定の学部生対象ではなく、誰が取ってもよろしいという科目ですから、KUINEPの私のクラスなどは日本人のほうが多いぐらいです。実は、国際教育プログラムで来ている留学生は文系専攻の人の方が多いので、結果的に理系科目の私のクラスはあまり取らないということになります。

 

増える京大の留学希望者

 −−また一方、海外留学希望の京大生のアドヴァイザーといったこともなさっていますね。この場合、京都大学派遣留学制度によって、京大生を交換交流協定校へ派遣するわけですが、留学希望者が少ないので入超になっているとか。また、交流協定校はどこの大学ですか。

 青谷 そうした状況が去年ぐらいから急に変わったのです。二、三年前までは、漠然とした興味はあっても、語学力がネックになり毎回十人ぐらいしか派遣できませんでした。ところが、こういうプログラムがあるという学内での知名度が上がり、しっかり目的をもって勉強する人が増えてきたからだと思いますが、去年ぐらいからTOEFLなどのスコアも十分にある人が急に増えてきて、カリフォルニア大学の枠は六名なんですが、十二名の応募がありました。ですから、去年はトータルで三十名ぐらいにまで交換留学生が急増したんです。

 交流協定校はカリフォルニア大の他、トロント大、ソウル大、シンガポール国立大、シドニー大、オークランド大、ウプサラ大、ウィーン大、ライデン大、ハイデルベルク大、ストラスブール大、ローザンヌ大、ルーバンカトリック大などです。

 ただし、京都大学に「来ている」留学生の一○六四名に対し、海外へ「出ていく」方はこの交換留学以外に各部局で行く人などさまざまなルートを全部足しても七〇から八〇名ぐらい。この収支を赤字と呼ぶのか黒字と呼ぶのかはともかくとして、たしかにバランスが取れていないので、最終的には千人ぐらい送りたいと思っています。ですから、たとえ三十人に増えたとしても、全然数が足りないわけです。

 日本の大学生は勉強しないとか、海外での大学教育はこんなに違うと私がいくら口で言っても、経験しないものはなかなか理解できません。ところが、オーストラリアや北米の大学に一年ぐらいでも行った人はたいへんな量の勉強をさせられるので、ずいぶん態度が変わって帰ってきます。海外経験する前は、私が「日本の学生は怠惰だ」と言うと、嫌な顔をしていた学生が、私と一緒になって「日本の学生は本当に勉強しないんだから」と言い始めますね(笑)。

 −−留学希望者が増えたのは、先生がこのセンターを拠点に、イベントを催したり、学生のテレビ出演をアレンジしたり、いろいろなプロモーション活動をされた影響もあるのでしょうか。プレス資料を見ますと、在米日系企業での広報経験も生かしながら、金髪にスケートボードの出で立ちで自らを宣伝塔とするというふうな積極果敢なスタイルでインパクトを与えておられるわけですが、留学というものについてのカルチャーが京大の中でも変わってきたということでしょうか。

 青谷 私の直接的影響という意味では二つぐらいでしょう。一つは京大には交換留学制度があるという事実すら知らないという人が減ったこと。もう一つは、私が留学のよさを宣伝したことで、「結構いいものなんじゃないか」と学生たちに受けとめられ出したことです。

 もう一つは、企業をめぐる環境が少しずつ変わってきたことだと思います。昔は、一年留学すると、その一年留学した分と卒業が一年遅れた分を天秤にかけて、遅れた分はどちらかというとデメリットと見なされていたと思います。企業が、「留学経験のある人を採ることは素晴らしい」と考えて採用するカルチャーは以前はあまりなかったと思いますね。

 

海外で就業体験をする

 −−「帰国子女や留学経験者が望ましい」という求人がかなり見られるように、履歴の中の海外経験が書類選考等の段階でもポイントが高いということが最近増えていますね。

 青谷 大学の方も、海外へ一回も出なかった人は卒業できないというぐらいにすべきだと思います。それも、単なる旅行者としてではなく、海外で学生生活を送って比較するとか、海外の企業で研修したりするなどといった、成長機会になり得るような体験ですね。海外でのインターンシップという意味では、IAESTEなども非常に薦めたいですね。

 −−先生のホームページにもIAESTEについて触れてありましたが、簡単にご説明いただけますか。企業でのインターンシップみたいなものでしょうか。また、国際的な組織ですか。

 青谷 IAESTE(イアエステ)は、学生の海外研修を目的として一九四六年にイギリスを中心にヨーロッパ十ヶ国で発足した団体で、現在六十余カ国が参加しており、日本もイアエステ・ジャパン(社団法人日本国際学生技術研修協会)として一九六四年に加盟しています。

私自身が学生だった頃には、工学部の学生しか参加できなかったのですが、最近は理・工・農・薬学と理系全体に間口が広がってきました。事業協力会員となっている企業や研究所が研修先になるわけですが、外国人慣れしているヨーロッパでは、学生研修員を上手に営業や生産過程に組み込んでいますが、日本はまだまだです。外国人を特別扱いする習慣から、一人のインターンに社員を一人つけたりしているようで、これではインターンが邪魔にはなっても役に立つことはないでしょう。こういう点でも、国際化の進展が強く望まれます。

 −−時期的には夏休みに実施されるのでしょうか。

 青谷 夏が多いですね。ただ、一対一交換なので、日本人が出ていくためには、日本国内での受け入れ企業が必要なのですが、日本語ができないような人が来ると非常に手がかかる、また、周りの人も皆が皆そんなに英語ができるわけでもないということで、受け入れ先がなかなか見つからないのがネックになっています。もちろん不況も大きく影響していると思いますが、景気がよかったころでさえ、七〇人ぐらいの規模でした。ドイツなどは千人のオーダーと聞いています。

 −−千人というと大規模ですね。

 青谷 ドイツに千人来て、ドイツ人が千人海外に出ていくわけですが、海外といってもヨーロッパは地続きですから、国外というべきでしょうか。とは言っても、かなりの数ですし、最近のドイツではそういった海外経験がないと就職しづらいとも聞いています。

 −−IAESTEのプログラムでの体験はどういう影響を学生に与えていますか。

青谷 工場での仕事など、普段はできないことを、それも海外で経験するのは、若い人たちにとっては、まさにeye-openingな出来事のようです。特に見知らぬ国で拙い英語でのサバイバルは彼らに大きな自信を植え付けます。指導教官の皆さん方も異口同音に「逞しく、積極的になって帰ってきた」と喜んでおられる。この意味において、IAESTEは二十一世紀の人材養成に大きく貢献しているのではないでしょうか。急速に進むグローバリゼーションの中で、見知らぬもの、慣れない環境等に物怖じしない、世界的視野に立って仕事のできる企業人養成のためにも、企業の皆さんに是非積極的に参加していただきたいと切望しています。

外国人ということで構えて考えられるかもしれませんが、基本的には新入社員の研修と変わらないわけで、外国人インターンの受け入れは、企業自体の国際性の向上にも大いに寄与すると思いますよ。一度受け入れを経験した企業が、翌年から十人以上の受け入れを始めた例もあり、軌道に乗れば先述した共生関係のメリットは非常に大きいようです。

 

魅力に乏しい日本の大学教育

 −−海外経験という意味では、たとえばイギリス人ですと、高校を卒業するとすぐ大学へ行かず、大学入学資格を保持したまま進学を一年遅らせて、海外ボランティアをしたり、ワークキャンプに参加したり、牧場で働いたりなどというように、世界各地へよく出ていきます。これは大学の学費を稼ぐという目的の場合もありますが、異文化体験をしながら将来の進路を考えているわけで、通常ギャップ・イヤーと呼ばれており、NPOや各種チャリティ団体もさまざまなプログラムを彼等に提供しています。約二〜三割、高校によっては五割の学生がこのギャップ・イヤーを取っているようですが、日本人はそういう無駄はしませんね。

 青谷 日本のシステムだと、そういうことをすると将来、就職するときに困るでしょうからね。

 −−やはり、なぜそこで一年ブラついていたのかということになりますね。

 青谷 恐らくそうでしょう。いかにフリーターばやりとはいえ問題視されますね。

 −−ニューズウェーク誌(アメリカ版六月二十六日号)によると、イギリスのプリンス・ウィリアムもやはりこのギャップ・イヤーを取って、一年海外で見聞を広めてから進学するそうですね。プリンスはともかくとして、一般のイギリス人にこういったカルチャーが浸透しているのは、十七、八世紀に貴族階級の子弟が見聞を広めるため、世に出る前に欧州大陸を漫遊したいわゆる「グランド・ツアー」の名残があるのかもしれませんね。

 青谷 それぐらいやってもいいのではないかと思います。ただ、もちろん見聞を広めてもらっていいのですが、先ほども言いましたが、日本で学生を経験している人が海外で同じ学生をして比べるという体験はかなり貴重だと思います。

 −−先生のホームページの投稿欄に、二人の京大生が短い留学体験記を書いていて、その内、農学部の修士課程からトロント大学医学部免疫学専攻に行った方は、非常に勉強が大変だったこと、大学院生といいながら日本での専門の勉強が不十分だったことなどを書いていて、今さらのように「大学とは勉学の場である」ことを思い知らされたと言っています。もう一人の京大生の方は失望記といった印象の内容で対照的ではありますが、いずれも平穏な日本の大学生活に何かしらの危機感を感じ国外脱出し、対人交渉の苦労などから、逆にまた、日本で自分が無意識に取っていた行動様式を見直したりと、貴重な体験をされているのがうかがえます。

 青谷 いろいろな意味で日本は慣れ合い社会ですから。教官は教官で講義の準備をあまり熱心にしませんし、学生は学生で、素晴らしい講義をされても難しい試験があるぐらいだったら、役に立たない講義でも単位をもらえる方がよほど嬉しいというのが、大多数のいまの日本の学生です。つまり、先生もちゃんとやらないんですが、学生もちゃんとしていない。それでお互いうまく整合性が取れて、丸く収まっているのが現状です。

 −−この二つの留学記の興味深い点は、導入になっている留学前の心境吐露の部分です。大学生活に対する学生たちの深い失望感のようなものがしんしんと伝わってきて、今の学生の心の空洞を見るようでいささかショックですね。そもそも日本の大学は勉強をする場としても、非常に物足りない所となりつつあるのではないでしょうか。もちろん皆が物足りなく思っているというのではなく、そういう不満を持っている人が外国の大学に行くからだということも言えるでしょうが。

 青谷 前総長の井村裕夫先生に教えていただいて初めて知ったのですが、スイスにあるビジネススクールのIMD(International Institute for Management Development)が国力のランキングをしているのですが、日本のランキングは四十七カ国中総合で十七位であるにもかかわらず、大学教育のランキングでは四十七位で最下位ということです。

 つまり何を言いたいかというと、日本の大学教育は社会の要請に応えていないということが言えると思います。もちろん大学ランキングも、国力の指標もいろいろなタイプのものがあるでしょうが、それを考慮しても少なからずショッキングな数値だと思いますね。

 

教養とカリキュラム

 −−次にカリキュラムの問題ですが、京大では外国語の授業を一手に担当している総合人間学部が、各学部からの「もっと実際に役に立つ英語教育を」という要請を、今の講師陣容では会話や聞き取りは無理と言うことで退けたということですが、いわゆるかつての教養部の語学科目に当たるものは京大では現在どのようになっているのでしょうか。それが不十分なものだとすれば、たとえば留学する学生たちは独力で勉強しているわけですか。このあたりのカリキュラム作成の争点と学生の対応の現状をご説明ください。

 青谷 外国人教官が何名かいることもあり、文字通りシェークスピアの五行を九〇分かけて読む、というような授業はさすがにほとんどなくなりました。ただし、各学部の学生が専門分野で使う英語を中心に「読む・書く・聞く・話す」の四技能の訓練を受けるというのが私が考えるところの理想の大学英語の姿ですが、それには程遠いのが現状です。

語学の授業は非常勤講師が担当している場合が多いのですが、教授たちがいわば既得権益といったような非常勤講師の雇用枠をそれぞれ持っており、自分の弟弟子や弟子たちにそれらの仕事を与えるという悪習が断ち切れません。これが適材適所の人事を拒んでおり、例えば文学部出身の先生が理学部の学生の指導をするのですから、当該分野での実用に供せられる英語が教えられるはずがありません。結局授業に見切りをつけて英語学校に通ったり、ネイティヴのチューターを雇ったりする以外にはないようです。

学生の要求にもっと敏感な私学では、最初から語学学校に実用外国語教育を下請けさせているところもあるようですが、親方日の丸の国立大学は腰が重いですね。余談になりますが、そういう意味では独立法人化も悪くはないかもしれません。理学部等の研究費確保は心配ですが。

 −−また、この問題と関連して、先ほどのKUINEPプログラムで英語の講義をお願いしたいと言っても、なかなか担当教官が見つからないということですが。

 青谷 見つからないので結局どうしているかというと、オムニバス形式でお願いしています。チーム・ティーチング、あるいはグループ・ティーチングと言ってもいいのですが、例えば十二回しか講義がないのに、十一人先生がいる、つまり一人一回みたいなありさまになっているものもあります。一回ぐらいなら国際学会で発表したときのスライドなどを持ってくれば何とかなるわけです。

 −−大学生の学力低下の問題が言われていますが、小中高の指導要領の希釈化は大きな問題だと先生は言っておられますが。

 青谷 思考力や応用力は、基礎学力があってはじめて発揮できるものなのに、今の学生にはその基盤になるものがありません。情報化社会を生き抜くために是非必要な、迅速かつ正確な判断力は、幅広い知識という裏付けがあってこそはじめて可能になるわけです。学級崩壊やいじめ等問題は山積していますが、その解決策をカリキュラムの希釈に求めるのはどうかと思っています。ちなみに、アメリカでは小中高の授業内容が貧弱すぎたとの反省から、最近高校を卒業するためには統一試験に合格することを条件とする動きも出てきています。

 −−また、京大の学生気質の変化として、コンピューターや英会話、各種資格試験、また就職活動に追われて、幅広い教養を身につけるという雰囲気が欠けてきているというのが、周りの先生方の一致した意見ということですが、キャンパスの雰囲気や日頃接する学生からそうした実利優先主義を感じられますか。

 青谷 非常に感じますね。本来、新制大学は、専門知識の伝授を主な目的としていた旧制大学からの脱皮を図り、幅広い教養を身につけた未来の人材の養成を旨としてスタートしたはずでした。しかし、大学が世の中の変化に対応し切れず、社会の要請に十分に応えきれていない現状では、ある程度の実利優先は仕方がないとも考えられます。それにしても、資格試験の準備や就職活動の支援まで、受験産業の延長としてビジネス化されている現状はいかがなものでしょうか。

 

職業訓練所化する大学

 −−先日、朝日新聞のウィークエンド経済欄(七〇二号)で、就業体験をするインターンシップをカリキュラムに取り入れる大学が増えつつあり、九九年度以降の実施予定も含めると大学全体の三十五%にもなるということが取りあげられていました。企業の方も即戦力を求めて、学生ベンチャーの企画を募ったり学生用のビジネスプログラムを組んだりというふうに、採用の予備形態、別形態としてこれを展開しつつあり、また、学生の方も就職状況が厳しい中、一歩でも人より先んじたいという気持ちがあり、この傾向が加速していると説明されています。

 この特集に数学者の森毅先生が、インターンシップは経験としてやってもよいが、就職狙いに直結させるのはまずいのではないか。あまり即戦力を意識すると却って自分を食いつぶすことになる。なぜなら即戦力になるということは、時代が変われば途端についていけなくなることだから、とコメントを寄せられていますが、この点はいかがですか。

 青谷 学校での勉強にせよ社会勉強にせよ、若いうちに様々なことを経験すべしというのが私の持論なので、早過ぎる特化はどうかと思いますね。また、「社会が求める人材」という言葉を短絡的に誤解した大学の、職業訓練所化にも危機感を覚えています。

あらゆる変化のスピードが増大の一途をたどっているのが昨今で、現場で要求されるスキルもどんどん変わっています。そういう意味では学習力や適応力が一番モノを言うわけですが、その土台になるのは基礎的な知識や能力です。しかも、基礎知識・能力の部分はゆっくりとしか変化しませんので、一度身に付けると一定の「賞味期間」は保証されます。したがって、一見非効率的に見える基礎の勉強が、実は大変効率的だという事になります。しかも、いつどういう場面でどんな知識・能力が要求されるか、予測できないのがボーダーレス時代の特徴だとすると、恒常的な変化について行けるしっかりとした基礎を備えた者だけが生き延びる、と私は思っています。

そういう意味では、企業側には、顕在する即戦力と同時に、将来性としての潜在力も、学生を選抜する場合に考慮していただきたいですね。不況下にあっては、長期的展望がいかに難しく、理想論がいかに説得力に欠けるかは百も承知ではありますけれども。

                           (七月二十六日)

 

[附記] 青谷正妥氏、IAESTE電子メールアドレス及びURL

    青谷氏

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