青谷ホーム

 

学習の心構え

 

英語の強さと大切さ、またどういう英語力が求められるかについては、十分に理解していただいたと思いますので、学習意欲は以前にも増して高まったかと思います。そこでいよいよ学習法の説明に入るのですが、その前にぼくが新入生の皆さんへの説明会や上級生のための英語講義で必ずふれる「英語学習の心構え」について述べさせてください。

 

1.    英語の必要性を強く感じよ (「なんで英語やねん」参照)

「どうしてもやりたい」という強い気持ちが、自発的に出て来るのが理想でしょうが、最低限「どうしてもやらねばならない」という切羽詰った気持ちが無ければ成功しないでしょう。ぼくはいつも学生さんに「受験勉強を思い出して頑張ってください」と言うのですが、それくらいの非常事態宣言をする必要があります。“There is a will, there is a way”ですから。上海へ留学の説明会に行った時に、当時の文部省から派遣された若手が、「英語はどうですか」との質問に「どきっ!どきっ!」と答えてぼくを激怒させた事が有りますが、これなどは「英語の必要性を全く感じていない、しかもインテリ」の好例です。天下の東大の文一がこれでは、日本のインテリも総崩れかも知れません。(ぼくは京大卒で京大勤務ですので、一言良いですか。これは東大を攻撃しているのでは全くありません。当然ながら、京大の法学部だって、間違い無く同様に駄目でしょう。)

 

2.    英語の難しさを認識せよ

大学入試の数学の試験で零点を取る人はいても、英語や国語で零点を取る人は殆どいません。そういう意味では英語は数学などより取りつき易いとも言えるでしょう。しかしながら、最初の数歩の踏み出し易さを、全体の易しさと混同してはいけません。英語に限らず外国語は異様に難しい物であり、特に言語体系の全く違う日本語を母国語とする者にとっては、英語ほど難しい物はありません。必死で学んでもなかなか上達しない、ましてや懸命の努力すら無ければ、問題外であるとの認識を強く持つところから始めて下さい。取っ掛かりは簡単そうに見えても、マスターするのは大変です。最初の例に戻りますが、入試の数学で満点を取る人は居ても、英語で満点を取る人はなかなか出ません。それだけ難しいという事でしょう。最初からこの理解が有れば、進歩が遅くとも過度に落胆したり、やる気を無くしたりする事は無い筈です。

 

3.    「通じれば良い」は通じない

「英語は度胸」とか「兎に角通じれば良い」と言う人が良く居ます。主に会話について述べた物ですが、これは通じません。もちろん度胸は無いよりは有った方が良いでしょうし、通じないほどひどいよりは曲がりなりにも通じたほうが良いに決まっていますが、こういう態度では真なる上達は望めません。

会話におけるこのアプローチの落とし穴はここです。

最初の内は表現や単語を覚え、それが口をついて出る様に、いわゆる口慣らしをするだけでかなりの上達が望めます。全然しゃべれない状態から、見かけ上はかなりぺらぺらになるので、周りも感心し本人もすっかり気を良くして少しぐらいbrokenでもとにかく見かけ上のぺらぺら(つまり聞く人が聞けば、英語がなっていない訳です)会話への道をまっしぐらに走ってしまいます。ところが、一旦いい加減な英語をしゃべる癖がつくと、容易に直らず、ついには正しい英語と一応通じるが間違った英語の区別が全くつかなくなってしまいます。こういう人の英語力が、すぐに頭打ちになるのは言うまでもありません。

ですから、急がば周れは英語の習得にも当て嵌まる訳で、息の長い緻密な努力が無ければ、本当に使い物になる英語は身に付きません。

 

4. 「自然に英語が出る」様に自然になる訳がない。

赤ん坊がことばを学ぶ過程を再現できれば、なんの苦労も無く英語が習得できるはずだ、というのは本当によく言われることです。こういう信心にも近い誤解が根強くあるために、「アメリカに行きさえすれば、英語ができるようになる」と主張する人やそれを盲信する人が後を絶たないのですが、大人に「英語の吸収」(learn by osmosis)はできません。大人が英語を学ぶためには、意識的に勉強する(make a study of English)しか無いのです。ぼくが普段から言い続けていることに「21世紀に要求される英語力は、日本人には想像もできないほど高いものだ」というのがありますが、片言ならともかくそのような完成された英語の運用能力は、大人の場合には「英語の意識的な勉強」を通してしか身に付かないのです。体育と同じで英語は基本的には技能科目ですが、ヤミクモに半分破壊された英語を使い続けても破壊度が増すことはあっても、完成度が高まることはありません。発音記号や文法の勉強も、その応用さえしっかりしていれば、非常に有益です。応用編が十分に無いのが問題なのであって、文法の勉強そのものに意味が無いわけではないのに、「こんなことをやらないで、会話がやりたいなぁ」と、発音記号や文法の価値を理解しない認識不足な英語学習者が多過ぎるのは、本当に困ったことです。「こんなこと*を*やらないで、会話*が*」というのを「こんなこと*だけを*やらないで、会話*も*」と変えてください。意識して学習しなければならないという点では、英語力の養成も他の科目の勉強もたいして変わりません。いずれにせよ、英語環境に浸れば自然にできるというのは大嘘中の大嘘です。「自然に英語が出る」ためには計画的で意識的な学習、つまり人為的な英語学習環境の設定、は欠かせないのです。

 

4. 根気と負けん気

優秀な通訳者や翻訳者にお話を伺うと、「しぶといのが取り得」だとか「継続は力なり」といった表現がよく出て来ますが。これは偶然ではありません。特にある程度のレベルに達してからの上達速度は極端に鈍くなるので、ここで「1年に1ミリでも前進」する為の継続的努力を怠らない根気と、英語上達の厳しさや難しさに屈しない負けん気が必要になります。正に「英語に勝つ」為の根性が問われる訳です。

ぼくの周囲にも、5年から10年間英語を勉強し、その時点で「これ以上は上達しない」と諦める人が沢山居ましたが、本当にnative speakersのレベルに到達してしまわない限り、「上達速度が鈍る事はあっても、上達が止まる事はありません」、ですからここで投げ出さない事が肝要なのです。

いわゆる学習曲線(learning curve)の形状は人様々ですが、直線状の上達を遂げる人は一人として居ないと言われています。ぼくの経験から二例ほど紹介しましょう。

一回目は渡米後の3年間です。前述の如く渡米前から英語検定一級でTOEFL620点だったぼくは、基礎力が既に付いていた為でしょうか、アメリカ生活を始めても最初の内は全く英語が上手くなりませんでした。それも一月くらいならまだ良かったのですが、そういう状態が1年、2年と続いたのには本当に参りました。Foreign student advisorにマンツーマンで英語を習ったり、テレビを点けっぱなしにしたり、英語で独り言を言う様に頑張ったり、焦りもあって正に涙ぐましい努力を続けたのですが、目に見える進歩は有りません。「ここで投げ出したら、これまでの努力が全て無駄になる」という逆説的とも言える考えだけを頼りに、泣きそうになりながら最初の二年間を過ごしたのを覚えています。この努力が漸く花開いたのは3年目の半ばを過ぎた頃でした。或る夜、全く突然に英語で夢を見ている自分に気が付いたのです。あの時の感動は名状しがたい物でしたが、それを機に急速にコミュニケーション能力が向上し、相手がアメリカ人の場合には、英語で考え英語で喋る事が出来る様になったのです。学習曲線の平らな部分を通過するのに3年もかかった訳ですが、当時のぼくはそんな事を知る由も有りませんでしたから、自分でも本当に頑張ったと思います。よく嫌にならなかったものです。

もう一つは作文力、特に日本人が一番苦手とする冠詞を正しく使用する能力です。滞米十年の後、ぼくはカリフォルニア大学バークレー校の大学院に進学する為、西海岸に引っ越したのですが、その時点でのぼくの冠詞判別能力(atheを使い分ける能力)は典型的な日本人のそれと大差は有りませんでした。翻訳家だとかいう、言語のプロの筈のアメリカ人に添削してもらっても、ぼくには全く理由が分からないのにatheに又theaに変わっている事がしょっちゅう有りました。説明する方も、“It just flows better”(文の流れから判断しなさい)等と、まるで訳の分からない事を言うので、半ばやけになりましたが、色々な英文を読んだり書いたりする度に冠詞の使い分けに極度の注意を払い続けました。習うより慣れろだと考えた訳です。その様な努力を続けている内に、「自分は冠詞が分かって来た」という確かな手応えを感じては居ましたが、その感触を裏付ける様な出来事が数年後に起こりました。論文や報告書は同じ研究室のアメリカ人が見てくれたので、その次に上記の翻訳者のお世話になったのは七年後にやっと博士論文を書いた時ですが、“It’s incredible”と言いながら、朱が殆ど入っていない論文を返してくれました。さすがに完璧とは行きませんでしたが、冠詞の使用について七年間で何かを掴んだのは確かです。水が地殻に浸透して行く様に、少しずつ少しずつ進歩を遂げていたのかと思うと感無量でした。更に、それと相前後して前置詞の正しい使用法も急速に身に付いて行きました。

 

英語力は或る時には全く突然に、又或る時には5年以上もの歳月をかけてゆっくりとしかし確実に進歩して行く物だという事が、これらの例から良く分かると思います。「根気と負けん気」が大切な所以です。